音波の出題ミスはどうして起こったのか
・・・そして今後に向けて



浜島清利  河合塾 〒464−0850 名古屋市千種区今池2-1-10


【要旨】 大阪大学と京都大学で起こった音波に関する出題ミスの原因を探る。それにより音波の本質は疎密波であるという認識が深まる。特に、音波の干渉では、変位よりも疎密で考えた方が現象を明快に理解できることを論証する。ただし、音波が壁で反射するとき、疎密の位相は変わらない(密は密のまま反射する)ことに注意する必要がある。今後、高校では音波を教える際に疎密の観点を取り入れることが望ましく、大学は出題時に「音源は疎密で同位相の音波を出している」のように表記するなどの配慮が必要である。



1.はじめに

 大阪大学が出題のミスがあったと発表してからひと月経たないうちに京都大学もミスを認め、追加合格を発表するという異常な事態になった。いずれも音波の干渉に関してのものであり、両者のミスの原因も同じではないかと思われる。以下、原因について述べるとともに、今後、どのように考えればよいか、あるいは、高校では何を教え、大学は出題に際して何を注意すべきかを明らかにしたい。なお、筆者は昨年12月に阪大にミスを指摘し、その後、阪大の発表が行われた(*1)。


2.密は密のまま反射される

 キーポイントは音波が壁で反射されるときの認識にあるので、まず、それを確認しておきたい。音波に限らず、縦波は密や疎の模様が伝わるので、疎密波ともよばれている。図1(a)は、縦軸を媒質の変位として描いたもので、実線が入射波を表している。座標軸xの正の向きの変位を正としている。音波が壁で反射されるときは固定端反射となるので、反射波は点線のようになる。
(b)は少し時間が経った後を示している。固定端反射により変位は反転する(位相は π 変わる)。
 ここまでは教科書の知識だが、注目していただきたいのは、疎密の状況で、密は密のまま反射している。もちろん、疎は疎のまま反射する。変位では位相が π 変わるのに、疎密(あるいは密度変化)では位相は変わらないということである。疎密では「自由端反射」と言い換えてもよい。ここが盲点になった。





3.大阪大学の問題

3.1 問題の要点

 まず、大阪大学の問題を見てみよう。図2のように、音叉が左右に音を出し、左に向かった音波は壁で反射されて右に向かう。これと音叉から出て右に向かう音波の干渉が問題となっている。




 音叉の振動に関する知識が必要なので、阪大は問1で確認している。音叉の2つの腕が開けば、両側の空気を圧縮して密を発生させ、閉じれば疎を発生させる。こうして音叉からは左右に疎密で同位相の音波が送り出される。このことに気づかせるのが問1である。いま、音叉から左右に密が発せられたとすると、壁に向かった密は密のまま戻るので、強め合う条件は、経路差が波長λの整数倍に等しければよく、2d=nλ となる。経路差は壁に向かった音波がdの距離を往復する分である。
 ところが、阪大が当初公表していた答え(以下、答えA)は 2d=(n−1/2) λ であった! ミスの原因は「固定端反射だから位相が π 変わる」という固定観念であったと思われる。
 変位で干渉を考えることもできる。音叉の2つの腕(ふつうは枝とよばれる)は絶えず逆向きに動いているので、左右に出る音波の変位は逆位相になる。 これと、壁で π 変わることを考え合わせれば、強め合う条件は、やはり、2d = nλ(以下、答えB)となる。


3.2 大阪大学の主張

 阪大は「AのほかにBも正解とする」と1月6日に発表した(*2)。本来は、「Bが正解であった。Aも減点しない」とすべきであった。Aを減点しない理由は、何より阪大が公表していた答えだからであり、予備校など多くがAとしていたことからも、生徒がAを選ぶのは非難できない。マスコミに対する説明として「別の正解があった」は分かりやすさから仕方がない面がある。しかし、12日に「問題の解説」を発表し、AとBが共に正解となる理由を詳細に述べている。Aが成立する根拠として掲げられたのが、「同位相振動モード」である(図3)。



 通常のモード(逆位相モード)の他にこれがあるという主張である。問1で逆位相モードを確認しておきながら、その後の設問ではモードを指定していないからという主張だが、問題文の構成としてあり得ない理屈である。いびつな論理となったのは、問題の作成時には同位相モードが意識になく、後付けの理由で持ち出されたためであろう。
 2つのモードは振動数が異なる。音叉に表示されている振動数はもちろん逆位相モードのものである。通常の使用法ではこれが卓越する。同位相モードは一部の専門家にしか知られていない存在であった。「同位相モードで簡単に音叉を振動させられる」とか「同位相モードも教えなくては」といった誤解を生じさせてしまった。また、逆位相モードは宣言の要らない「良識」であったのが傷つけられてしまった。

 阪大はミスがどのようにして生じたのかを明らかにしていない。筆者は壁での反射の認識の誤りと考えているが、もう一つの可能性がある。音叉の2つの枝から左右に同時に出る音波を「変位でも同位相」と捉えたのかもしれない。1981年の阪大の問題で、図2と同じような状況を扱い、「おんさがあり、…音波を左右に同位相で出している。…変位yは… y=・・・で表される。」と誤っているのがこの見方を裏付けている。ただ、今回は問1で音叉の振動の様子をしっかり押さえているので、可能性としては低いと思いたい(*3)。



4.音波の波面と音源についての解釈

4.1 暗黙の了解

 次に、京都大学に移りたいが、その前に確認しておきたいことがある。
 一般に、音波に関しての話は音波の波面や音源の状況が明記されていないことが多い。例えば、教科書でドップラー効果を説明するとき、音源からは球面波が出されている図が掲げられている。その波面はいったい何なのだろうか。「山」の波面というような説明で事足りているのが実情だが、真面目に考えると、「密の波面」のように疎密で考えるべきものであることに気づく(*4)。「変位の山の波面」としたいなら、「音波が進む向きを正として」といった新たな約束が必要になる。さらなる問題は、この約束は、1次元の場合と矛盾することである。直線上の縦波では、図1のように、波の進む向きによらず、正の向きを定めている。

 音源については、あらゆる方向に疎密で同位相の音波を送り出さなければならないから、膨張・収縮する球体を想定するのが自然である。膨張時、周りの空気を圧縮して密の状態をつくり、収縮時に疎を発生させる。
 「点音源」とか「小さな音源」という場合、小さな球体の振動をイメージすべきであろう。書いている本人は意識していないことが多いが、扱いたい内容は 球体の音源と疎密で理解できる(筆者の経験では例外なくそうであった)。


4.2 疎密で考えるべき他の例

 点音源が2つある場合の干渉は、原理的には水面波の干渉と同じである。 音源を含む平面上では、強め合いと弱め合いの線が双曲線群として現れる。 ただ、ここでも、元になる同心円の波は「変位」なのか「疎密」なのかが実は問題である。「疎密」は「密度変化」あるいは「圧力変化」と表記した方が正確であろうが、簡素な表記にさせていただく。変位とすると、2つの音源からの波が進む向きが異なるので、変位はベクトル和になってしまう。それを正確に計算することに意味があるかどうかあやしいが、疎密ならスカラーで、密度変化の和は素直に理解できる。

 もう一つだけ、例を挙げておこう。 教科書にあるクインケ管の理解にも、本当は疎密の観点が必要である。カーブした管内を音波が進むときに反射が起こるが、密は密のまま反射されるという知識があれば、音波が伝わる様子がすっきりとイメージできる。変位で考え、「固定端反射が続くから…」と思っただけで、思考停止に陥る。
 管が枝分かれすれば、密は2つの密に分かれて進む。逆に、2つの管が1つになるときには、合流点で密と密が出合えば、重なり合って強め合い、より濃い密となって出口に向かうことになる。結果的には、「いい加減」に教えても困ることはないし、初めて習う生徒にはそのほうがよいのは確かである。
 なお、音源が管内に置かれている場合、とくに断りがなければ、やはり球体とみなすことになる(より正確には、管に沿って伸縮する円柱とみなす)。両方向に疎密で同位相の音波を送り出したいからである。


4.3 解釈のまとめ

 結局、「音波では、変位より疎密を重視し、音源が特定されていないときは(小さな)球体を想定する」とまとめることができる。教科書は、一般の波とのつながりで変位を重視しているが、音波が起こす現象の理解には疎密が欠かせないということである。疎密波という本質からしても自然な観点であろう。その上で必要なのは、「音波が壁で反射するとき、密は密のまま反射する」という認識である(*5)。壁に斜めに入射しても同様である。これで、準備が整ったので、京都大学の問題を見てみよう。



5.京都大学の問題

5.1 問題の要点

 状況は図4のようになっている(無関係なところは省略)。 要点は、壁と平行に動く車に音源が積んであり、点Aで壁に向かって発した音波が反射され、点Bで反射音を車の運転手が聞くとき、音源から出されたばかりの音波と干渉して、弱め合う条件式(の一部)が尋ねられている。選択肢( @ n+ 1/2 A n+1 )から選ぶようになっている。ここで、n=0,1,2…。



 音源から出された密が壁で反射され、運転手に密のまま戻った時、「弱め合う」ためには音源が疎になっていればよいことになる。反射音を受け取るまでの時間 t が、音源で密から疎に変わるまでの時間に等しいことになるので、音源の周期をTとして、 t =(n+1/2 )T
 答えは @ になる(*6)。


5.2 〈一文〉の存在

 予備知識なくここまで読んでこられた読者はなぜこんな簡単なことで問題ミスが発生するのかと驚かれるであろう。しかしながら、予備校などの多くは A を選んでいる。それは問題文に「壁Mでの空気中の音波の反射条件は固定端反射とみなすものとする」という〈一文〉が掲げられていることによる。「固定端反射」で「位相は π 変わる」という認識だけで答えを選んでしまった結果が A である。
 京大は当初の正解を公表していない。「問題の解説」では、疎密で考えると上記のように @ と一意的に決まるが、変位で考えると音源と運転手の位置関係など種々の問題が発生し、答えが不定になるため、全員に得点を与えたと説明している。筆者は、京大は A を正解としていたと考えている。疎密で正しく考えていたのであれば、「自由端反射」と書くか、あるいは何も書かないかであり、〈一文〉の存在がそれを裏付けている。何より、@ を正解として採点していたのなら、堂々と反論したはずである。「〈一文〉は変位について書いたのであり、疎密については別だという認識まで生徒に問いたかった」と。



6.今後に向けて

6.1 ミスの原因と正解の公表

 阪大と京大はなぜミスをしたのかを明らかにすべきではないだろうか。「音波の密は密のまま反射する」ということの見落としであれば、それほど恥ずべきことではないように思われる。まさに「盲点」であった。両大学の担当者以外に多くの予備校や高校の先生の目に触れてなお長い間気づかれなかったことなのであるから。阪大の対応はミスを糊塗するばかりか、物理教育に悪影響を与えてしまっている。
 ミスが正されるまでに、入試から10か月以上という長い時間がかかったことが今回の最大の問題である。全国の大学は正解を早く発表し、批判には真摯に答えるべきであろう(*7)。注意深い読者は気づかれたかもしれないが、阪大のミスがなかったとすると、京大のミスは見逃された可能性がある。京大の問題は表面上の矛盾が見られないためであり、@を正解と考えた人も、Aを正解と考えた人も、京大は「正しく」採点していると、それぞれ信じていた。阪大・京大の順で発覚したのは偶然ではない(*8)。正解の公表が欠かせない。

 一方、公表後(半年とか)ある日時が経てば追加合格はしないというルールも必要であろう。追加合格は社会的負担が余りに大きい。予備校もまた反省すべきである。「大学が期待しているであろう答え」を提示して済ませてしまっている面がある。それは生徒を守る答えであることが多い。しかし、より深く考えた生徒を守り切れていない。また、「有名大学が間違えるはずがない」という思い込みがあり、詳しく検討する努力を惜しんでしまっている。「忖度」や「盲信」が学問の場にふさわしくないのは言うまでもない。


6.2 大学と高校のこれからの対応

 音波の出題は怖いと大学側が委縮しはしないかと心配である。音波によって学ぶことは多い。音波が起こす現象は具体的で、豊かな世界を提供してくれる。それをやせ細らせてはならない。阪大の問題も問1から問4までなら良問である(最後の問5は数値設定を変える必要がある(*9))。高校や予備校は設定の厳密さをあまり求めないほうがよいとも考える。厳密さを追求すると、生徒が読み取れない事態に陥りかねない(*10)。「音源は、疎密で同位相の音波をあらゆる方向に出している」という表現があれば十分であろう。その上で、京大の場合には〈一文〉を削除すればよい。また、2つの音源を用いる場合には、「2つは疎密で同位相(逆位相)の音波をあらゆる方向にそれぞれ出し…」とすればよい。2つを結ぶ直線上を扱う際、特に音源間の定常波を扱う際には必須である。中点で大きな音がするのは疎密で同位相のときである。

 高校では疎密で考える学習を取り入れるようお願いしたい。今まで通り、山や谷で教えて頂けば大半は問題なく、音波の干渉の際に疎密の観点に触れるということで対処できる。「波は変位で考えるべきであり、疎密で考えるのは邪道」という意見が根強いことに驚く。音波に関しては、1次元は変位が主体でよいが(気柱の共鳴など)、2次元からは疎密が主体になるように教科書自体が改訂されていくことが望ましい。疎密で考えれば、音波の現象のイメージは明快となり、「コロンブスの卵」だったと気づいていただけるのではないだろうか。


6.3 入試問題が目指すべき方向

 「波は、波の式y=f(x, t ) を用いて調べるのが正道」という意見も多く、本稿の内容は波の式で確かめるべきだという声もあった。筆者は、定性的な論理で解決できるならその方が優ると考えている。もちろん、これは音波に限った話ではない。大学入試でも波の式を重視し過ぎの感がある(特に上位大学において)。式に頼ることなく、定性的な考察力を問う問題を重視していただきたいものである。

 ついでながら、近年の上位大学の入試問題は、解答時間に比して過剰な量になっているのをよく見かける。異常とさえ思えるケースがあり、しかも年を追って増えている。大学間で競い合っているかの如き様相である。状況設定の複雑化、条件を次々に変えての問いかけ、…果ては大学演習の焼き直しなど、問題は大型化・長文化し、生徒の不安を煽り立てている。大学や高校の先生方は解答時間内に解けるか、一度試していただくのが何よりだろう。その暇を惜しまれるなら、せめて「自分が受験時にこの問題に出会ったら…」と思いを巡らせていただきたい。大学には、「素早い処理能力」を問うのではなく、「論理立てて考える力」を問う出題を心がけ、解答時間に対する問題量の適正化について十分な検討をお願いしたい。音波の話以上に筆者が訴えたいことである。


 最後に、大阪大学への質問書を用意する段階から議論に加わり、京都大学の問題点を検討し、貴重な意見を頂いた河合塾の鈴木紹夫、佐藤優加子の両氏に感謝するとともに、筆者の主張の責任はあくまで筆者に帰することを確認しておきたい。




*1 阪大によれば、ミスの指摘は6月と8月にもあり、12月の筆者のものは三度目であった。

*2 阪大は 2d=(n−1)λ も正解としているが、これは実質的に 2d=nλ と同じ内容であり、議論をすっきりさせるために割愛した。 n は自然数で、d=0(壁の位置)を含めるかどうかだけの違いである。 阪大はこれを含めて3つの正解があったとしているが、本来はAかBの2つしかなく、しかもそれらは相反するものである。「いくつかある正解の見落とし」ではなく、二者択一である。

*3 音叉ではなく、1枚の板(あるいは膜)を左右に振動させると、変位で同位相の音波を左右に送り出せる。疎密では逆位相になる。板が右に動けば右側の空気は圧縮されて密になり、左側は疎になるからである。阪大は板か膜にすべきであった。

*4 波形を表すとき、縦軸を変位ではなく、密度変化にしたと思えば、密を山とよび、疎を谷とよぶことに抵抗感はなくなる。

*5 長いばねの一端を壁に固定し、他端を持ってばねを急に押して、密を1つだけ発生させる。密は壁に向かい…壁に出合って圧縮され…密のまま戻ってくる。「当たり前」と言われそうなことに過ぎない。

*6 原題では、図4のLについての条件式になっている。ここでは本質が分かりやすいようにした。tの中にLが含まれていて、それを取り出すのは容易である。

*7 問題の作成者は自分が正しいという思い込みがあったり、誤りを認めたくないという心理に陥りやすい。質問者が納得しないときは別人を加えての検討が必要であろう。

*8 筆者自身、阪大のミスに気づくまでは京大の問題に違和感はなかった(答えは @ と思っていた)。 密は密のまま反射されるという出題例はあるので、阪大のミスは「うっかり」によるものと初めは思ったが、予備校など多くが「うっかり」していること、さらには、京大に対して A を選んでいることを確認したとき、「盲点」という認識に変わった。

*9 問5は 2d=(n−1/2)λ という誤答に基づいて数値が設定されている。そのため、阪大がミスをしていることは正解の公表がなくても判断できた。実際、筆者が阪大に指摘した時には、正解が公表されていることを知らなかった。

*10 「圧力変動(密度変動)に反応するマイク」とか「音が強め合うとは大きな音がすること」とか言わなくても、単に「マイク」や「音が強め合う」でよいことにしたい。このような『良識』の部分をなくすと、分かりにくく窮屈になるだけである。音叉の振動モードも同じである。







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