音波はなぜ疎密で考えるべきなのか


浜島清利  河合塾 〒464−0850 名古屋市千種区今池2-1-10


【要旨】音波の干渉では、とくに2次元の場合には、変位ではなく疎密で扱うべきである。それは人の耳や普通のマイクが密度変化(圧力変化)を感知することによる。変位と疎密は物理として同等であるとしても、観測点での変位の時間変化だけでは疎密として強め合うかどうかは一般には決められない。観測点の周り(近傍)の変位、つまり、無数の点の変位の時間変化を知る必要があり、現実的ではない。



1.はじめに

 本稿は、前号に掲載された「音波の出題ミスはどうして起こったのか…そして今後に向けて」(以下、前稿(*1))を踏まえてのものであるが、趣旨は異なる。縦波である音波を扱う際、変位で考えるか、疎密で考えるかの二つの方法がある。前稿ではいくつかの事例から疎密を推奨し、主には疎密の観点で分析した。2次元での干渉を扱う京都大学の問題(2017年・問題V(4))に対して、変位で考えた人々から一様に上がった声は「条件不足で解けない」であった。一方、疎密で考えれば一意的な答えに達する。大阪大学の問題(2017年・問題3・問4)のように、1次元なら変位でも疎密でも同じ結果が得られるのに、なぜ2次元では矛盾してしまうのか。変位と疎密の関係を掘り下げてみたい。


2.横波表示の役割

2.1 定常波で大きな音がするのは腹か節か

 図1のような閉管が共鳴して定常波ができているとする。左右に振動する媒質の変位を横波表示で表している。管が非常に大きく、中を人が歩いていくとすると、どこで大きな音がするだろうか。



 初めてこの問いに出会えば、誰もが腹の位置Aと答えてしまう。正しくは節の位置Bになる。これは人の耳が鼓膜にかかる圧力の変化を感じることによる。圧力変化は密度変化につながり、それが最大になっているのは節の位置である。節の位置の変位は常に0であるが、両側から空気が集まって密になったり(実線のとき)、両側へ離れて疎になったりしている(点線のとき)。一方、腹の位置では空気は大きく左右に振動しているが、密度は一定で圧力変化がないため、音が聞こえない。

 科学随筆(*2)で筆者が知った30年前には知る人は少なく、話すと大いに驚かれたが、今ではかなり知られてきている。普通サイズの管なら、小さなマイクを使えばよい。通常のマイクは人の耳と同様に圧力変化(密度変化)を感知する。
 細かいことだが、「節で大きな音がする」と言うのは適切ではない。「変位で表した定常波では」という前文が必要である。縦軸を密度変化にして定常波を描けば、腹で大きな音がすることになる。 密度変化は、密度 ρ から平均密度 ρ を差し引いた ρ−ρ であり、正・負の値をとる。定常波に限らず、縦波の波形を描くとき、何を縦軸にしているかが大切である。変位が優先されることは確かで、とくに「横波表示」とあれば、変位での波形である。

2.2 横波表示と変位の正負

 変位に対する横波表示のおかげで、縦波でも入射波や反射波が描け、波の重ね合わせの原理を適用して定常波などが理解できる。このとき、座標軸xを設定し、その正の向きへの変位を正として扱っている。波が右に進むか左に進むかに関係なく、正負を定めていることが大切である。これによって重ね合わせの原理がはたらき、2つの波の変位の和(代数和)が合成波の変位となる。もともと、ある点の変位は変位ベクトルで表され、2つの変位ベクトルの合成をしたいので、1つの座標軸上で変位の正負を定める必要がある。「波の進む向きを変位の正の向きとする」という定義がなされることがあるが、反対向きに進む2つの波の場合、重ね合わせの原理を壊してしまう。用いるには注意が必要で、高校の物理では避けたい定義である。
 大変便利な横波表示であるが、縦波を横波と同様に扱えるのは1次元の場合であり、2次元ではそうはいかないことを以下確認していきたい。「縦波は横波と同じに考えてよい」という指導がなされることが多いが、それで押し通せるわけではない。


3.2次元での音波の干渉

 波動での2次元の干渉としては、水面に置かれた2つの点波源によるものが代表的である。 そこで、図2のように、2つの点音源SとSがあり、疎密で同位相の音波をそれぞれがあらゆる方向に出しているとする。2つの音源は小さな球体で、同じ膨張・収縮を繰り返している状況である。膨張時、周りの空気を圧縮して密を発生させ、収縮時に疎を発生させる。必然的に、それぞれから出る音波の周期、振動数、波長、振幅は等しい。
 以下、音波が伝わる際の減衰は無視し、マイクによる音の大きさは変位や密度変化の振幅で決まるものとする。



3.1 音源間の定常波と2種類のマイク

 S間には定常波ができている。中点である原点Oは疎密で強め合っている。Sが密を右に送り出した時、Sも密を左に送り出し、2つの密は点Oで重なり合うからである。定常波を変位で描けば、点Oは節になる。混乱が起こりやすいので、図3で音源から出るそれぞれの波の変位を描いておく。



 点Oでは山と谷が重なって、合成変位は0となり、節になる。 変位では、2つの音源から逆位相の波が出ている。2つの球形音源が同じように膨張・収縮しているので、点Oを挟んで向かい合う面は絶えず逆方向に動いていることと合致している。通常のマイク(以下、疎密マイク)は中点Oで大きな音がする。そして、半波長の間隔をなして大きな音がする点が連なっている。
 マイクには2種類あり、変位を感知するものもある(以下、変位マイク)。実際には空気の振動速度に反応するが、進行波に対しては疎密マイクと同じように音を立てる(マイクとして用いる以上、当然のことである)。ところが、定常波では、変位マイクは疎密マイクと正反対の振る舞いをする。図1では、点Aで大きな音を出し、点Bや図2の点Oでは音がしない。

3.2 y軸上での干渉の様子

 図2の同心円はそれぞれの音源から出た音波の波面を表す。例えば、密の波面と思っていただくとよい。y軸上は疎密で強め合い、密度変化は2倍になる。疎密マイクを y 軸上でゆっくりと移動させれば、一定の音量で大きな音を出し続ける(減衰は無視している)。

 次に、変位で考えてみる。 音波が伝わる方向で媒質が振動し、各点での変位はベクトルで表される。いまは音源が2つあるので、2つの変位ベクトルは異なった向きになり、y軸上では図2の点Pのように同じ長さになる。矢印の長さは振幅 A を表し、変位ベクトルは時間とともに図の方向で伸び縮みし、図の最大の瞬間から半周期後には正反対を向く。媒質の動きは破線の矢印で示した合成ベクトルにしたがい、y軸に沿って振動する。原点Oで合成ベクトルが0になるのは、定常波の節の位置として理解できる。問題は合成ベクトルの長さがyが増すとともに増えていくことである。音源から遠ざかるほど干渉がより強くなっている!  常識外れであり、2次元の干渉を変位で扱うことの限界を示す好例と、前稿の段階では考えていた。空気中の音波のように気体を媒質とした場合、分子運動の影響で変位そのものがきちんと定義できるのか、さらにはベクトル和に意味があるのかと疑問視する意見はあり(*3)、筆者も同様で、変位による考察を打ち切っていた。

 媒質の各点で、あらゆる方向への変位 r に応じて、復元力 −kr(k は正の定数)がはたらく理想的な弾性体を考えてみる。この場合、変位は明確であり、2つの縦波による変位ベクトルの和も力学的に問題がなくなる。その上で得られる結論は、音波の場合にはボカシが加えられると考えればよさそうである。結論がどの程度正しいかは変位マイクで確かめることができる。 以下、空気を理想的な弾性体とみなして議論を進める。

3.3 2次元での干渉の様相:疎密と変位

 図2において、疎密で考えた場合のxy平面での干渉の様子は、水面波での2波源の場合と同様である。すなわち、y軸上は強め合いであり、左右対称に強め合いと弱め合いの位置は双曲線をなして交互に現れる。 強め合う位置は2つの音源からの経路の差 凾k が波長 λ の整数 n 倍に等しいところであり(凾k=nλ)、一方、弱め合いは 凾k=(n+1/2)λ を満たす位置である。 疎密マイクを用いれば教科書通りの様相が確認できる。

 次に、変位で考えてみる。 音源間の定常波では変位での強め合いと疎密での強め合いは入れ替わっていたので(変位での節は疎密での腹)、強め合いと弱め合いの双曲線も入れ替わるだろうと当初は漠然と思っていた。以下、記述の複雑化を避けるため、定常波領域を含むx軸上をしばらくの間除外する。
 変位ベクトルの和を真面目に考えると、まず、弱め合いの点がない。2つのベクトルが正反対を向くことがないのは、図を描けばすぐに確認できる。そして、2つのベクトルが同じ向きになり、長さが2倍になる(振幅が 2A になる)強め合う位置もない。干渉でありながら、双曲線模様どころか、強め合いも弱め合いもないのである。

 変位マイクを用いて音の大きさを調べてみる。y軸上では、原点Oでは音がせず、図2の合成変位ベクトルが示すように、y が増すとともに音が大きくなっていく。次に、y を一定にして x を増していくと、2つのベクトルのなす角 θ が小さくなって、合成ベクトルが長くなるので、音は大きくなる。 x を一定にして y を増していっても音は大きくなる。 結局、xy平面に垂直に(z軸方向に)音の大きさをプロットして、全体を概観すると、「すり鉢」状であり、原点近くが鉢の底で、強め合いと弱め合いがないため、鉢の表面は「のっぺり」している。実に奇妙な光景(音景?)が広がっている。
 少し補足しておくと、2つの変位ベクトルが同時に最大の長さ A になるのは前述の双曲線上であり、凾k=(n+1/2)λ の場合には、片方のベクトルを反転させる必要がある。一般の位置ではベクトルの合成はもう少し複雑である。
 ともかく、同じ状況であるのに、疎密マイクか変位マイクかで音の情景はまるで異なっている。

3.4 遠方での様相、定常波との接続

 音源から十分に離れたところ、つまり、S間隔に比べてはるかに大きな距離の所では変位マイクの振る舞いは疎密マイクと変わらなくなる。 凾k=nλ を満たす双曲線上では2つの変位ベクトルはほぼ同じ向きになり、実質的に強め合いとなる。 凾k=(n+1/2)λ を満たす双曲線上ではベクトルはほぼ正反対の向きになり、実質的に弱め合いとなる。音源から十分に離れているので、2つの音源からの波は実質的に同じ向きに進む進行波の状況であり、変位マイクでも双曲線模様が現れるのは当然といえよう。合成波は双曲線の漸近線上を直進しているに近い。
 変位マイクを用いて、x軸上の定常波から双曲線に沿って遠方へと移動させてみる。 凾k=nλ の線上では,変位の節から出発して音は大きくなっていく(すり鉢状)。 一方、 凾k=(n+1/2)λ の線上では腹から出発して音は小さくなっていく(変位ベクトルがなす角 θ が 0°→180°)。 後者の存在を考え合わせると、双曲線模様は定常波近くでも見られ、途中はすり鉢状ではなく、むしろ平坦になっているようである。1本の双曲線で結ばれた定常波と遠方とでは、変位での弱め合いと強め合いが入れ替わっている。変位マイクは定常波では疎密マイクと正反対の振る舞いをしたが、遠方では同じになっていることに対応している。

3.5 変位と疎密の同等性

 変位と疎密は物理として同等である。あらゆる点での変位の時間変化が分かれば、疎密の時間変化が導ける。また、あらゆる点での疎密の時間変化が分かれば変位の時間変化が導ける(こちらはかなり大変そうであるが)。このとき注意したいのは、ある一点での変位と疎密が結びつく(関数関係に入る)わけではないということである。変位と疎密の変換には近傍の情報が必要である。
 簡単な例が図1で、変位0の点Bでの疎密は近傍の変位の状況から決められる。実線の波形のときは密であり、点線の波形のときは疎である。図2ではさらに複雑で、y軸上のどの点でも密度変化の大きさが一定である(振幅が2倍になっている)ことは、各点の周りの2次元的な近傍の変位の情報からしか分からない。
 変位と疎密の同等性は、電磁気での電場と電位の関係に似ている。電場と電位は同等であるが、お互いの間の変換には近傍の情報を必要としている。ある点の電場は近傍の電位の状況から決められるし、逆もまた真なりである。ベクトルとスカラーの関係である点も似ている。ただ、変位と疎密の間の変換ははるかに複雑である。


4.京都大学の問題

4.1 同等のはずが異なる結果に

 「はじめに」で述べた京都大学の問題に戻ろう。図4(*4)のように、音源を積んだ車 S が壁と平行に走り、音源からは疎密で同位相の音波があらゆる方向に出されている。原題では「車 S から発せられた音波は全方位に伝わる」とだけ記され、曖昧な表現であったのを改めている。壁に向かい反射された音波が車に戻った時、音源から出たばかりの音波と干渉し、それを運転手が聞く。そのとき弱め合う条件が尋ねられている。音源と運転手の間の距離は無視している。



 いま音源から密が出され、壁で密のまま反射して車に戻った時、弱め合うためには、音源が疎になっていればよい。疎密ではこのように考えて一意的に条件を定めることができる。
 一方、変位で考えてみる。壁で反射された音波が車に戻った時、音源のすぐ近くを考える。図5のように、反射波の変位ベクトル(実線)はどこでも同じであるが、 音源から等方的に出されたばかりの音波の変位ベクトル(破線)は場所によって異なる。



 点Pに運転手がいれば弱め合うが、点Qにいれば強め合い、点Rではどちらでもない。このように音源と運転手の位置関係によって答えが不定になってしまう。疎密では、音源の周りは一様に疎になっている(点線の円で示す)ので位置関係はどうでもよい。疎密と変位は物理として同等であるのに、なぜ疎密では「一意的」な解が、変位では「不定」になってしまうのか。同等であれば、同じ条件の下では同じ解が導かれるはずである。

4.2 マイクの違いがポイント

 いまや答えは明らかであろう。人の耳が疎密マイクだからである。点Pでの変位を調べても密度は分からない。点Pの近傍の変位を調べなければならない。そうして得られた密度は点Qや点Rの近傍の変位から調べた値と一致するはずである。疎密と変位が物理として同等であっても、条件が異なれば、結果が異なる。「疎密マイクを用いれば、一意的」であり、「変位マイクを用いれば、不定」となる。もちろん、状況によっては、変位マイクで一意的になり、疎密マイクで不定になることもある。きちんと同等性は守られている。

 京大の問題に対して変位で考えた人たちからは「条件設定が不備のため、答えが定まらない」という非難の声が上がったが、それは「運転手が聞く」という条件を踏まえず、当を得ていないと筆者は考える。
 なお、ここで「変位で考えた」とは「変位ベクトルの合成をきちんと考えた」人のことである。変位で考えると言いながら、横波のイメージで臨んだ人が大半であった。そこには更に大きな問題が潜んでいる。「横波のイメージ」は単に解法のためであり、物理としてのものではない。 そして、何にもまして 2次元では通用しない。対して、疎密は物理的イメージを伴う明確な概念である。2次元的、3次元的に広がっていく波の様子が思い浮かべられる。現象の解析においてイメージが大切なことは言うまでもない。


5.疎密で考えるべき理由

 結局、「なぜ疎密で考えるべきか」に対する回答は、「人の耳や普通のマイクが疎密マイクだから」となり、物理というより無機質でドライな理由であった。変位でも、近傍の時間変化を調べれば原理的には密度変化が分かるが、近傍とは2次元的・3次元的に広がった無数の点であり、その時間変化まで追うのは実際問題として不可能である。空気を理想的な弾性体と仮定してさえこうであるから、音波の2次元での干渉では、変位の考えは棄却すべきであろう。電磁気で言えば、ある点で帯電体が受ける静電気力が知りたいなら、当然その点の電場を調べるべきであり、電位を調べても役に立たないのと同様である。
 スカラーである疎密で考えれば、まさに「横波を扱うかの如く」明快なものとなる。高校の教科書では、波動は縦波に対しても変位が基本になっていて、疎密波という観点に乏しい。前稿では「音波に関しては、1次元は変位が主体でよいが(気柱の共鳴など)、2次元からは疎密が主体になるように教科書自体が改訂されていくことが望ましい」としたが、「…、2次元からは疎密で記述されるように…」と主張を一段階前に進めたい。


6.おわりに

 振り返って見れば、「変位で強め合っても、人が聞く大きな音につながらない」という例には既に出会っている。それは図1である。言うまでもなく定常波は干渉の一種であり、なぜ変位ではだめかを説明するには、まずこの端的な例を挙げるべきであろう。もはや、人を驚かす余談という位置づけではなくなっている。音波の干渉について学び始めた人には、これだけで十分な説得力をもって、疎密への扉を開けることができる。

 人の耳と普通のマイクが共に疎密マイクであるのは幸運であった。もしも、変位マイクが主流であったら、耳で聞くのとは異なる音を立てる場合があるし、変位ベクトルやその合成を調べるのはどうみても厄介である。疎密マイクが主流になったのは、おそらく疎密マイクの方が作りやすかったためであろう。そして、生物もまた作りやすい構造を選んだとすれば、幸運ではなく必然だったのかもしれない。
 本稿では「変位マイク」を強調せざるを得なかったが、高校の物理としては「マイク」と記述するだけで疎密マイクを意味することとして頂きたい。前稿でも述べたが、良識が大切で、「圧力変化を感知するマイク」と書けば厳密性は守れても、生徒を戸惑わせることになってしまう。

 これまで書いてきたことは専門家には既知のことかもしれない。それでも意味があると筆者が考えたのは、音波の取り扱いについては、まだまだ多くの人が全体を把握できていないと思われるからである。登山に例えれば、山の頂上に至る一つのルートを提示するのは、麓にいる人や中腹で迷っている人に役立つに違いない。前稿の段階での筆者も中腹にいた一人であった。そこで、あえて、どのようなルートを経て現在の理解に至ったのかを明らかにしてみた。もちろん、山の頂上は分かりやすさからの表現で、ひとまずの峰と読み取っていただきたい。


 最後に、議論に加わり、貴重な意見を頂いた河合塾の鈴木紹夫、佐藤優加子の両氏に感謝したい。とくに鈴木氏が指摘された変位と疎密の同等性はどうなるのかという疑問のおかげで、両者の関係についての認識が深まった。



参考文献

(*1)浜島清利:物理教育66-2(2018)116−120. 
(*2)近角聰信:「日常の物理学」東京書籍(1984)151−154 '音の感覚'.
(*3)川内正:物理教育66-2(2018)121-122.
(*4)京都大学:「平成29年度京都大学一般入試における物理問題V(4)の解説」(2018).



                                        (2018年6月25日 投稿)






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