干渉での減衰無視の妥当性といくつかの提案

浜島清利  河合塾 〒464−0850 名古屋市千種区今池2-1-10



1.はじめに

 高校物理の教科書では,干渉は水面波の話から始まっている.水面上の2つの点波源からそれぞれ同心円状に広がる波の干渉である.水面波は身近な波としての具体例であり,干渉の考え方は一般の波に応用できることが大切である.教科書ではやがて光波の分野で応用され,ヤングの実験につながっている.また,練習問題として,2つのスピーカーから出された音波の干渉も取り上げられている.水面波の干渉で学ぶ経路差の観点は薄膜の干渉など一般に拡張されている.

 このように干渉の基礎となっている水面波であるが,点波源からの伝播において,波の減衰は無視されている.それははたして妥当なのであろうか?
 この疑問を抱いた契機は次のようなものである. 筆者は,音波の干渉を扱う際,高校物理では変位と疎密のどちらを重視すべきかという論考を試み,「物理教育」に「論説」として投稿した.しかしながら,査読者二人から,趣旨は分かるものの,厳密性に欠ける点があるという指摘を受けた.とりわけ,二人が強調したのが,2つの点音源による音波の干渉において,波が伝わる際の減衰を無視したことであった. さらには,編集理事二人からも次のような見解が示された.
 「…高校物理の教科書では2次元の波の減衰を無視していますが,それは物理的には成り立たない無理な仮定です.査読論文では,そのような不備を増長する記述は避けなければなりません.…」
 それまで筆者自身は何気なく教科書の減衰無視を受け入れていたので,意外な指摘に驚くと同時に,改めて考察することとなった.



2.干渉における減衰の影響

 まず,干渉の公式を確認しておきたい. 波の波長をλとし,観測点と波源との距離をそれぞれ r1,r2 とすると、 2つの波源が同位相の場合,強め合いの条件は,経路差 r1−r2= m λ、 弱め合いの条件は r1−r2= (m+1/2) λ と表される.ここで,m は整数である.
 ついでながら,教科書は |r1−r2| と表記している.m に負の整数を含めれば,絶対値は不要であり,表記だけでなく,数学的な扱いもシンプルになる.たとえば,ヤングの実験で2つのスリットに入る光に光路差があり,スクリーン上の中央の明線(光路差のない明線)が垂直二等分線上からずれる場合なども,全範囲を一つの式で扱うことができる.教科書の公式表現は慣例に堕しているのではないだろうか.
 さて,減衰を無視した場合には,波の振幅を A とすると,強め合いの位置での合成波の振幅は A + A = 2A となり,弱め合いの位置では A +(−A) = 0 となる.

 減衰について考えてみる.減衰の度合いはエネルギー保存から決めることができる. 点波源から球面波として広がる3次元の場合には,半径をrとすると,(波の強さ)×(球の表面積 4πr)=一定 であり,波の強さ,つまり,波が単位時間に単位面積を通して運ぶエネルギーは 1/r2 に比例する.一方,波の強さは波の振幅 A の2乗に比例するので,結局,A は 1/r に比例して減衰が起こる.まず,1/r は緩やかな減衰なので減衰を無視してもそれほど大きな影響を及ぼさない.

 それよりも重要なのは,干渉はローカルな狭い領域での強弱のコントラストを問題にしていることである.現実に干渉が問題になるケースでは,測定装置(人の耳や目も含む)を移動させたときに強め合いと弱め合いが繰り返される状況であろう.その移動は一般にローカルな範囲内でのものである.ヤングの実験なら,スクリーン上(の一部)が該当する.
 ローカルな領域内であれば,波源からの距離 r1 や r2 があまり大きくは変わらないので,減衰した2つの波の振幅 A,Aそれぞれについては一定とみなしてよい(まさに 1/r が効果的にはたらいている).2つの波の振幅は異なるが,コントラストには影響しない. 強め合いでは A1 + A2 ,弱め合いでは|A1− A2|と,いくらか鈍くはなるが.そして,ローカルな領域の寄せ集めで全体の干渉模様が形成されている.
 細かいことを言えば,波の波長 λ は領域の大きさに比べて小さいことが,いくつかの強弱が観測されるための条件である.

 水面波の実験を見ると,教科書の理想論に近い模様が確認できる.減衰無視を何気なく受け入れていたのはそんな体験に基づいている.そのとき,一本の強め合いの線上をたどって,波源近くの点と大きく離れた点での振幅の大小を(つまり減衰を)問題にしてはいない.模様はローカルな強め合いの連続として認識されている.地理での山脈の認識と同じである.稜線が大切であり,それに沿って高さが減っていくことは問題にしていない.
 なお,水面波のように2次元の場合には,(波の強さ)×(円周2πr)= 一定 であり,A は 1/√r に比例するので,減衰は3次元の場合よりさらに緩やかである.

 結論としては,干渉において減衰を無視するのは妥当である.ローカルな領域を問題にするときには,点波源かどうかに関わりなく,妥当と言ってよい.もちろん,波が運ぶエネルギーを問題にするときに減衰無視が許されるわけではない.扱う内容によって評価は変わる.



3.波動分野の学習順序への提案

 干渉は高校生にとって高度な概念である.その本質を理解させるためには,減衰を無視する現行の記述が望ましい.先人の知恵でもあろう.経路差がキーポイントになっていることを理解することが大切であるが,それ自体が容易ではなく,減衰は邪魔でしかない.現象に大きな影響を及ぼさない条件を捨象し,本質は何かを浮かび上がらせるのは,物理学では一般的になされることであるが,教育上はとりわけ重要なことであろう.

 以下は,関連した内容で平素から考えていることを記したい.
 現行課程では,物理基礎に干渉は含まれない.それ以前は波動分野に入るや否や水面波の干渉が取り上げられていた.波の重ね合わせの原理を説くのが主目的であったと思われるが,それだけなら,1次元の直線上を伝わる波で扱えばよい.そして,定常波の説明に移るのが素直な流れであろう.このように1次元の波を終えてから,2次元の波に入るのが望ましいと筆者は考えている.
 水面波の干渉では,強め合いの双曲線上に山と谷が交互に連なり,それらが双曲線に沿って移動していく.このイメージを,波動の学習を始めた生徒にいきなり教えるのは,功よりも罪の方が大きいのではないだろうか.波面と射線が直交するという基本とも矛盾を生じている.
 定常波を先に学べば,水面波の干渉で,強め合いの双曲線が何本生じるかという問題にも,波源間に生じる定常波の腹の数で答えることができる. 何より,定常波が干渉の一種であることが認識でき,学習内容が自然なつながりをもって広がっていく.

 将来の指導要領では,再び,波動分野が統一されるかもしれない.そのときは現行の「1次元から2次元へ」という教育法を継承して頂きたいものである.あまり指摘されていないが,現行課程の大きな効用である. ところが,物理基礎の教科書は「発展」として水面波の干渉を取り上げていて,旧習から離れられず,効用を損なっているように思われる.ヤングの実験の直前に配置してはいかがだろうか.1次元から2次元へ,そして,音波→光波→干渉(水面波から光波へ)という学習順序を提案したい.生徒にとって,干渉は波動分野の中で最も理解が難しい項目である.



4.おわりに

 査読を通らなかった論文であるが,拙稿「音波の出題ミスはどうして起こったのか…そして今後に向けて」(物理教育66-2,2018)の続編であり,高校物理では,音波は変位ではなく疎密を優先すべきことを論じたものである.
 1次元ではどちらでもよいが,2次元・3次元の干渉では疎密に限られると言ってよい.物理学としては変位と疎密は同等であるのに,なぜ差異が生じるのか.それは,人が聞いたり,普通のマイクを用いるという(暗黙の)前提が高校物理にはあるからであり,耳やマイクは密度変化(圧力変化)を感知していることに起因する.
 現在の入試問題には,変位なのか疎密なのかが明確でないがために混乱を招いたり,出題者の認識自体が疑われる例もある.教科書の段階から疎密を重視し,高校だけでなく大学も含めて理解の透明性を確保し,音波の干渉がすっきりした形で出題と解答がなされるようにしたいという趣旨の論文である.
 減衰を無視したことのほかに,大学物理の観点からは厳密性に欠ける点が多いという査読結果であった.指摘を受けた個所をすべて直すよう求められたが,厳密性を重視すれば,分かりやすさが損なわれてしまうことに加え,筆者には十分に理解できない指摘もあって,投稿を取り下げざるをえなかった.
 内容について興味を持たれる方は,筆者までご連絡いただきたい.

 「論説」については,高校物理の範囲内で合理性があり,教育的に役立つ内容であれば,掲載を考えるという 方向での検討をお願いしたい.「談話室」では書き切れない,充実した内容の投稿がなされるのではあるまいか.
 水面波の干渉を端緒に,今後の課題として,多くの方に考えて頂きたいことを思いつくままに綴ってきたが,いくらかでもお役に立てることがあれば幸いである.







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